照涌大井戸

字照涌地区十数軒の共同使用のこの井戸は、どんなに日照りが続いても水が涌きだしたという大井戸である。185センチ・130センチの角型井戸を自然石で枠組みし、底には玉石を並べて砂を置き、水深は90センチある。弘法大師ゆかりの井戸として、照れば照るほどに水が湧き出ることから字名も照涌と名づけられ、今も地域の人の感謝の念をあらわす大師像と2基の地蔵さんが祀られている。毎年825日には井戸に感謝を捧げ水供養が行われている。なお、照涌大井戸は共同井戸の痕跡をとどめる市内唯一の井戸である。

民話

照涌(てるわき)大井戸(おおいど)

 昔、昔のことです。ある暑い日に、身なりの汚い坊さんが田原の里を通りかかりました。

 村の若い娘が声をかけました。

「お坊さん、どうされました。ずいぶんお疲れのようですね。」「歩き通しで、とてものどが渇いているのです。」「それは、お困りでしょう。」

 娘は村の井戸から水を汲んで、お茶を入れました。

「お坊さん、どうぞ。これで、のどを潤してください。」

 お坊さんはとても感謝しました。

「ああ美味しい。これで元気になりました。ありがとうございます。」

 お坊さんは礼を述べて立ち去りました。そして数日がたちました。

「あの坊さんは、実は、弘法大師という偉いお坊さんだったらしいヨ。」「えっ、そうだったの。」

 皆びっくりしました。それだけではありませんでした。不思議なことにどんなに水不足の時でもこの井戸だけは枯れることなく、おいしい水がコンコンと涌き続けました。

「これは弘法大師様のおかげだ。皆でこの井戸を大切にしておまつりをしよう。」

 村人は今までどおり誰にでも親切にし、井戸も大切に使いました。

(800年代に日本に伝わったとされるお茶は、この頃まだ庶民には広がっていなかったものと思われることから、田原の娘が弘法大師に差し上げたのはお茶ではなく、井戸水であったのではないか、との説もあります。)

大井戸おおいどみず供養くよう

 弘法大師ゆかりの照涌大井戸。照れば照るほどよく湧く井戸が名前の由来となったこの井戸のお蔭で周辺約30戸は水不足に苦しむことなく過ごしてきた。現在、近隣の家が集まって大井戸保存会を組織し、毎年、8月25日には法元寺の住職を迎えて水供養を続けている。終了後、桜井元教育長や野島元市教委学芸員の田原や四條畷の歴史にまつわる講演があり、会員は大変楽しみにしている。(写真は平成21年8月25日、水供養の様子)

郷土史かるた

(みず)供養(くよう) 照涌(てるわき)大井戸(おおいど) 弘法(こうぼう)さん

 照涌大井戸については、こんな由来がある。「昔、修業の旅で、この地を通られた弘法大師に村の人が気持ちよくお茶を差し上げました。そのお礼に『ここを掘ればきれいな水がわく』と大師様に教えられて、村の人は、ここに井戸を作ったといわれています。それから千年以上も経ちますが、いくら日照りでもきれいな清水が涌き続けています。『照れば照るほどよく涌く井戸』ということで、『照涌井戸』と名づけられ、また、この井戸を中心に、この辺りを照涌(てるわき)と称せられています。」照涌大井戸保存会・『5周年の歩み』より